統計的検定における多重比較
- エクセルによるシミュレーション -
多重比較は研究者にとって間違いやすく,いささかならずややこしい問題です.本書は統計的検定における多重性の問題について,全てExcelのシミュレーションによる具体例を紹介しながら,多重比較法の基本的な考え方を解説します.
計算機の発達により統計的検定をシミュレーションにより体験できる時代となりました.多重比較とは何か?どのようなことが起きているのか?多重比較法とは何をどのようにして解決しているのか?まず,体験してみることが,多重性の問題とその解決法の考え方の理解に大いに役立ちます.多重比較の理論は統計理論を学ぶ上で大きな山となっていますが,理論の学習にはこの考え方の理解が道しるべとなります.本書はシミュレーションをもとに多重比較の各種手法の考え方を伝えることを目指しています.理論は他書任せです.
シミュレーションはExcel2007を用いています.Excel 2010, 2013でもそのまま使用可能です.本書中のExcelファイルは全てここよりダウンロードできます.ファイルの利用は利用者の責任で行ってください.
多重比較法の進展は,FWER (Family-Wise Error Rate)≦αを確保しながら,いかにして検定の閾値を緩めるかという視点から見ることができます.たとえば,シダックの方法は事象間が独立である場合に事象ごとの検定の閾値を決定する方法です.テューキーの方法は,事象間に相関がある検定において,シダックの方法よりも閾値を緩めることができます.上位・下位検定法(ヘイター・フィッシャー方法)はテューキーの方法よりも閾値を緩めることができる多重比較法です.閉検定手順はこの上位・下位検定における閾値緩和の考え方を押し進めて,各段階の仮説群の閾値を常に同一のαへと緩めることができる手順です.ホルムの方法は,閉検定手順の1種です.検定対象の事象が互いに独立である場合に,閉検定手順を簡略化する手法です.シェイファーの方法は 対比較のように検定対象の事象同士が独立でない場合に閉検定手順を簡略化する手法です.
FDRには発想の転換があります.多数の帰無仮説からなるファミリーの検定においては多重比較法の閾値が厳しくなりすぎて有意差が出にくくなる問題があります.特にゲノム解析では有意な結果がほとんど得られないことが多く,この閾値が厳し過ぎることは深刻な問題です.FDR法は,FWER ≦ αの制約ではなく,採択された対立仮説の中の誤仮説の比率(False Discovery Rate: FDR)を一定値以下とする多重比較法です.本書の最後では,多重比較法を深く理解するための課題を提示します.じっくりと考えてみて下さい.
本書はアマゾンよりkindle版として出版しています
目次は以下の通りです.
1 はじめに
2 多重性の問題
2.1 スチューデントのt検定のシミュレーション
2.2 多重比較のシミュレーション
2.3 データ群数,検定対象の事象数,ファミリー内の帰無仮説数
3 多重比較法
3.1 シダックの方法
3.2 ボンフェローニの方法
3.3 テューキーの方法
3.4 ダネットの方法
3.5 有意水準の割り振り
4 上位検定と下位検定
4.1 分散分析(上位検定)
4.2 フィッシャーのPLSD法
4.3 ヘイター・フィッシャーの方法
4.4 ヘイター・フィッシャーの方法とテューキーの方法の比較
5 閉検定手順
5.1 閉検定手順
5.1.1包含関係
5.1.2演算∩と閉じていること
5.2 3群間の平均値の差の検定における閉検定手順(フィッシャーのPLSD法)
5.3 4群間の平均値の差の検定における閉検定手順
5.4 5群間の平均値の差の検定における閉検定手順
5.5 閉検定手順がFWER ? αを保証する原理
5.5.1 μ1 >> μ2, μ3, μ4の場合
5.5.2 μ1 >> μ2の場合
5.5.3 μ1 ≒ μ4 >> μ2 ≒ μ3の場合
5.6 閉検定手順とヘイター・フィッシャーの方法ではどちらがよいのか?
5.7 ホルムの方法
5.7.1 閉検定手順
5.7.2 ホルムの方法(閉検定手順の簡略化)
5.7.3 ホルムの方法(対比較の場合)
5.8 シェイファーの方法
5.9 シェイファーの方法とヘイター・フィッシャーの方法ではどちらがよいのか?
5.10 ダネットの方法のホルム版
6 FDR: さらなる閾値の緩和法
6.1 FDRの定義
6.2 BH法
6.3 原理
6.4 BH法のシミュレーション結果
6.5 TST (Two-stage linear step-up procedure)法
7 課題
8 おわりに
索引
参考文献
古橋 武
名古屋大学大学院工学研究科
情報・通信工学専攻
Email: furuhashi at nuee.nagoya-u.ac.jp
戻る